ニュースの裏のドラマを考える

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理由なき暴力はないのではないか

ニュースを見ていて、とくに暴力沙汰の事件などでよく思うのです。

本当に報道されてる通りなのだろうか?と。

まず大前提に書いておきますが、私は暴力を肯定するわけでもなければ違法行為を推奨するわけでもなんでもありません。

そして、一般の方の思考回路とは違う、衝動的に人を傷つけてしまうようなごく少数の人たちの話とは分けて考えていただきたいのです。

そのうえで、暴力事件などのトラブルはなぜ起きたのかを考えるのです。

駅のホームで人を殴る

特に強く感じるのが駅などの人が集まる場所で誰かが誰かを殴る、暴行を加えるといった事件です。

こういった事件では殴ったほうが一方的に「駅で男性を暴行」などとして報道されますが、なぜ殴ったかの詳しい経緯はほとんどありません。

せいぜい「口論となり」という程度でしょう。

私は実際に駅で何度も不快な思いをしたことがあります。

ぶつかられたこと、足を踏まれたこと、そしてその多くは謝罪がないこと。

正直、殴ってやろうと思ったことは数えきれません。

それと照らし合わせていくと、こういったニュースを見たときに「もう殴るしかないな、この野郎」と思ったうえでそこに至ったケースが非常に多いのではないかと思います。

そんなの当たり前でしょ?

と思ってくれる方はまだよいのですが、どうもそういったニュースを見て

法的に危害を加えられたほうを「かわいそう」

法的に危害を加えたほうを「単なる犯罪者」

とみている人が多い気がします。

報道がそうだから仕方ない

もちろん、その理由の一つとして、報道がそういう報道だから当たり前と言えば当たり前なのです。

そうしないと暴力を認めてしまうことになるので仕方ないでしょう。

しかし、私は思うのです。

被害者は本当に被害者なのか?

もし私が過去の経験でその時にニュース同様に駅で人を殴っていたとしたらそこに至るまでには相当の経緯があります。

過去の実際の経験談をひとつ書きますと、もう何十年も前ですが、駅で歩いていたら後ろからサラリーマンらしきスーツの人にかなり強くぶつかられ、あげく「邪魔なんだよ!」と言われたことがあります。

当たられた強さはご年配の方や子供だったら吹き飛ぶくらいと言っても過言ではありません。

私は別段歩くのが遅いわけではなく(むしろかなり早いほうです)大きな荷物などをもって通行の妨げになっていたわけでもありません。

単に急いでいたその人の「通りたい道」に私が歩いていただけです。

当時私はまだ若く、若干血の気も多かったので、ぶつかって捨て台詞を吐いて走っていった男性を追いかけて胸倉つかんで「人にぶつかっといて何だてめー!ちょっと来い!」と引っ張りながら怒鳴ったら「すいませんでした」と相手は謝り、事なきを得ました。

しかし、もしこの時「邪魔なお前が悪いんだろ」などと言われていたら殴っていたかもしれません。

そうなっていたらどうでしょう?

おそらく報道では「駅でぶつかってきたサラリーマンに殴りかかり大けがを負わせた」というような見出しで事件になるでしょう。

これって私にぶつかってきたサラリーマンはただの被害者なのでしょうか?

過去の話をしましたが、今でも、いえ、昔に比べて今のほうが非常識な方が多い気がしてなりません。

歩きスマホで邪魔だなと思えば急に止まる。

同様に歩きスマホで人にぶつかっても謝らない。

階段やエスカレーターで傘を水平に持つなど

直接危害はなくてもあきらかに非常識な人間。

そんなケースは数えたらきりがありません。

もちろん上のような事件であきらかに相手が悪くなおかつ目撃証言があったとすれば、もしかしたら起訴になっても情状酌量という判断もあるでしょう。

しかし、それは法廷での話であり一般的にその人を見たらやはり報道された通り「単なる犯罪者」となってしまうのです。

その人が法を犯した以上犯罪者であるのは確かですが「非のある被害者」にももっと着目すべきなのでは?と私は思うのです。

殴られるほど悪いことをした、という考えもあるのではないかとも思ってしまうのです。

ただ、最初に言ったように暴力を肯定しているわけではありません。

しかし、全否定は今も問題になる体罰にも絡んでくるのではないかなと思うわけです。

体罰と教育、子供よりもひどい大人たち

体罰が問題視されることも多々あります。

もちろん過剰なものは私もアウトだと思いますが、体罰を受ける側として経験してきた私としては「自分が悪いことをしたから殴られもするだろう」程度にしか考えていませんでした。

つまり、悪いことをしたら怒られる、それでも聞かなきゃ殴られる、という認識があったのです。

しかし、大人になると殴ったほうが罰せられるという知識をもとに、ひどい態度の人が多い気がします。

子供よりもはるかにたちが悪いです。

※ ここでは体罰を与える場は教育であったり指導の場であるという論点は少し目をつぶってください。

逆に言えば、殴ったら法的に罰せられることが分かっているうえで人を殴るということは、相当何かがあったのではないかと考えるのです。

テレビなどではちょっとした発言がすぐ、「叩き」「炎上」になるので難しいでしょうが、ニュースのコメンテーターは少しくらいここに着目してしゃべる人がいてもいいのにな、と思います。

普通の人が殺人を犯すことが本当に大きなニュースでは?

殺人事件では保険金目当てや強盗殺人、大量殺人などが大きなニュースとして取り上げられますが、こういったお金など人の欲がもとになった「欲に目がくらんで大事件を起こしてしまう人」のものよりも、まっとうに生きてきて犯罪などとは無縁の人が人生を棒に振ってまでだれかを殺してしまうことになった事件のほうが大きい気がします。

ここでいう大きいは事件の大きさを言っているのではありません。

もちろん人の命にどちらが重いなどはありませんし、理由があれば人を殺してよいわけでもありません。

私が言いたいのはタイトルにもした「ドラマ」の話です。

人生を狂わすなど絶対にしたくない人がそれを覚悟して(もしくは判断できないほど追い込まれて)そういった事件を起こしてしまった場合には相当な深いドラマ(理由、原因)があると思っています。

もちろん本人の更生、周囲の方々のことなども考えると、それらの事件を大々的に長く報道することは好ましくないでしょう。

ただただ、そういったニュースを見たときに「あーあ、人殺しなんかしちゃって」というような単なる犯罪者というセリフを吐く人に、「相当な何かがあったからこうなったんだよ」と言いたいのです。

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自称、WEB関連クリエイター。東京在住のおっさんです。ウェブページの製作、動画の編集などやっております。 このサイトは完全に趣味で書いております。